名古屋高等裁判所 昭和44年(ラ)102号 決定 1969年10月08日
抗告人 袈裟丸友治(名のみ仮名) 外一名
主文
本件抗告を棄却する。
理由
(抗告の趣旨および理由)
抗告人らは、「原審判を取消す。抗告人らの氏『袈裟丸』を、『宮本』に変更することを許可する。」との裁判を求め、その理由は別紙不服理由申述書記載のとおりであるが、その要旨は、要するに、抗告人らの氏「袈裟丸(けさまる)」は難読、難書、奇異であつて、日常生活上著るしく不便であるから、抗告人らの申立は戸籍法一〇七条にいう「やむを得ない事由」に当るものというべきであるのに、右事由に至らないものとしてこれを却下した原審判は誤りである、というにある。
(当裁判所の判断)
戸籍法一〇七条の規定によつて氏の変更が許されるのは「やむを得ない事由」のある場合に限られるのであるから、難読、難書が右事由に当るといい得るためには、単にその氏に使用される文字が当用漢字に含まれていないとか、時に誤りを生ずることがあるとかいう程度では足りず、その程度は社会の通常人が一見して難読、難書であると感ずる程度に顕著でなければならないものというべきであり、また或る氏が奇異であるか否かは、個人の主観を基準としてではなく、社会の通常人が奇異と感ずるか否かを基準として客観的に決せられるべきものというべきである。
抗告人らは、抗告人らの氏「袈裟丸」は抗告人らにおいてさえ誤記することがあり、社会の大多数の者がその読み方について当惑する旨主張するが、右主張は誇大に過ぎて容易に首肯することができず、「袈裟丸」姓の読み書きの困難さの程度は未だ氏の変更を相当とする程顕著なものということはできない。また抗告人らは、「袈裟丸」は奇異な氏である旨主張するが、抗告人らの主観において右氏を奇異と感ずるか否かは別として、これを客観的に観察すれば、抗告人らの氏をもつて持に奇異なものであるということもできない。
なお抗告人らは、原審判は氏による祖先一族問の連帯意識を強調し、これを申立却下の主な理由としており、「家」の制度を廃止した民法の精神に反する旨主張するが、原審判を素直に通読すれば、右の点は却下の附随的な理由に過ぎないことが明らかであるから右非難も失当である。
以上のとおり抗告人らの主張はいずれも採用することができず、結局抗告人らの本件申立は未だ戸籍法一〇七条の規定にいう「やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするとき」に当るものということができないのであるから、これを却下した原審判は相当である。
よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきであり、家事審判法七条、非訟事件手続法二五条、民事訴訟法四一四条、三八四条に従い、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 県宏 裁判官 四川正世 裁判官 浅香恒久)